観戦記

2011/11/14

2011年第18戦アブダビGP

ベッテルがシーズン14回目となるポールを獲得。これはマンセルが持つ記録に並ぶもの。
マンセルがこれを記録したのは1992年でウィリアムズ・ルノー。当時は年間16戦だった。

そのベッテルはスタート後リアタイヤがパンクするアクシデントに遭う。ベッテルはこれで早々にリタイアとなる。
1周目を終えて順位はハミルトン、アロンソ、バトン、ウェバー、マッサ、ロズベルグ、小林可夢偉も順位を上げている。

6周目、小林可夢偉は早めに1回目のピットに入って一旦順位を落とすが、11周目にはHRTの2台をまとめてかわし順位を上げる。可夢偉は9番手まで順位をあげ、34周目に再びピットに入ってタイヤ交換を済ます。

トップはハミルトン、アロンソが続き、ウェバー、バトン、マッサが続く。
10番手に小林可夢偉のチームメイトのペレス、小林可夢偉はポイント圏内まであと一歩の11番手を走る。

48周目、ウェバーがファステストを記録するが、あと1回のピットを残している。小林可夢偉がペレスをかわして10番手に浮上する。

ファイナルラップ、ここでようやくウェバーがピットに。タイヤ交換をして4位でコースに戻る。
ハミルトンがトップでチェッカーを受け今シーズン3勝目。2位アロンソ、3位バトン、4位ウェバー、5位マッサ。小林可夢偉は10位に入り久しぶりの1ポイントを獲得した。

2011/10/31

2011年第17戦インドGP

今年初開催となるインドGPはフリー走行でのイエロー無視や韓国戦でのアクシデントによるグリッド降格のペナルティがあり、予選結果とスターティング・グリッドに違いが出た。

フリー走行ではウィリアムズのマルドナドがマシントラブルでコースサイドにストップしてイエローが降られていたがハミルトンとペレスがこれを無視したとして予選グリッド3位降格というペナルティが科された。

リカルドは規定回数以上のギヤボックス交換が行われたため5グリッド降格、さらに公式予選で、地元のカーティケヤンがシューマッハのアタックを妨害したとしてこれまた5グリッド降格のペナルティが科された。
前戦韓国GPでのアクシデントによりロータス・ルノーGPのペトロフが5グリッド降格。
グロックはマシントラブルのため予選で107%タイムをクリアできなかったが22番手からのスタートが許された。

小林可夢偉は予選Q1のアタックの時にちょうどコースインしてきたマッサガ前を譲ってくれなかったため、タイムを更新することができずここで敗退してしまった。スターティンググリッドはチームメイトのペレスがグリッド降格のペナルティのおかげでポジションをひとつ上げて17番手からのスタートとなった。

決勝レーススタート!
ベッテルがトップキープ、ウェバーも後に続く。アロンソが順位を落としバトンが3番手に浮上。後方で複数のマシンが接触するアクシデントが起きている。ヘアピンでバトンが2位に浮上。アクシデントに巻き込まれた小林可夢偉は最後尾。

2周目、小林可夢偉はコース脇にマシンを止め、早くもレースを終えている。

8周目、ベッテルはファステストを記録しバトンとの差を広げていく。これに対しバトンも11周目、12周目とファステストを記録し差を詰める。

22周目、ベッテルが再びファステストを記録、24周目マッサが少し膨らんだところにハミルトンが一気に差を詰める。ハミルトンがマッサにオーバーテイクを仕掛けるも、両者は接触、ハミルトンが順位を落とした。マッサはそのまま走り続け、その後ピットでノーズを交換するも、34周目にはマシンを止めることになった。

ベッテルはその後もファステストを連発、ファイナルラップでもファステストを記録してポール・トゥー・ウィン。2位にバトン、3位アロンソ、ウェバーは4位となった。

ドライバーズポイントは、優勝を決めているベッテル374ポイント、バトンが240ポイント、アロンソが227ポイント、ウェバーが221ポイント、ハミルトンが202ポイントとなった。

コンストラクターズポイントは、レッドブルが595ポイント、マクラーレンが442ポイント、フェラーリが325ポイント、メルセデスが145ポイント、ルノーが72ポイント、フォースインディアが51ポイント、ザウバーとトロロッソが41ポイントで並ぶ。

小林可夢偉の所属するザウバーチームはフォースインディア、トロロッソとコンストラクターズを6位を争っているが、今シーズンも残り2戦となり、ここでフォースインディアに離され、トロロッソには追い付かれるという厳しい展開になってきた。


2011/10/17

2011年第16戦韓国GP

ドライバーズチャンピオンシップをベッテルが制した鈴鹿から1週間、まだその余韻が残る中で韓国GPが開催された。

初日は雨が降ってウェット、予選はドライコンディションで行われ、ハミルトンがポールを獲得した。ハミルトンのポール獲得は今シーズン初。ベッテルは2番手、ウェバーは4番手タイムで、レッドブル勢が昨年のアブダビGPから続けてきた連続ポール記録は17戦で途絶えることになった。小林可夢偉は予選Q2で敗退、14番手タイムだった。

決勝、スタートでハミルトンはトップを守るがターン4でベッテルがハミルトンをかわしてトップに立つ。1周目を終えて順位は、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、マッサ、アロンソ、バトン、ロズベルグ、ペトロフ、ディレスタ、シューマッハ、スー ティル、アルグエルスアリ、小林可夢偉、マルドナド、バリチェロ、コバライネン、ブエミ、ペレス、セナ、グロック、リチャルド、トゥルーリ、ダンブロシオ、リ ウッツィ。

17周目、シューマッハの後方からペトロフが突っ込み両者が接触、ペトロフはピットに戻りノーズ交換するも結局リタイア、シューマッハもリタイアに追い込まれた。

これによりセーフティー・カーが導入される。順位は、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、バトン、ロズベルグ、マッサ、アロンソ、アルグエルスアリ、 ディレスタ、スーティル、マルドナド、ブエミ、ペレス、小林、バリチェロ、セナ、コバライネン、トゥルーリ、グロック、リチャルド、ダンブロシオ、リ ウッツィ。

21周目、セーフティー・カーが外れてレース再開。22周目、セナと可夢偉が接触、これによりフロントウィングにダメージを負う。可夢偉は25周目にピットに入った。

ハミルトンとウェバーが激しくやりあうが、ハミルトンはウェバーに前を許さない。
ベッテルがファステストを記録してトップでチェッカーを受けて優勝、ハミルトンは最後までウェバーを制して2位、ウェバーが3位、バトン、アロンソ、マッサと続き、小林可夢偉は15位。チームメイトのペレスはタイヤが持たず残り3周の時点でタイヤ交換に入り16位に終わった。

2011/10/11

2011年第15戦日本GP

昨年は鈴鹿でいくつかのオーバーテイクを見せて観客をわかせた小林可夢偉、今年の日本GP予選Q1はトップタイムで通過、Q2も突破した。可夢偉のQ2突破は第9戦イギリスGP以来。
Q3ではタイヤを温存するためにアタックをしなかったため、予選10位となったが、

1. アタックラップを開始して予選タイムを記録しようとしたドライバー
2. アタックラップ自体を開始しなかったドライバー
3. 予選時間中にコースインしなかったドライバー

を基準にFIAは順位を訂正し、可夢偉は7位、シューマッハ、セナ、ペトロフという順位になった。
これにより可夢偉はイギリスGPでの予選8位を上回るグリットを獲得した。

ポールは鈴鹿3年連続となるベッテル、僅差でバトンが続き、3位はハミルトンだった。

決勝、期待のかかる可夢偉だが、スタートに失敗、クラッチを解放したとき、突然アンチストールモードになってしまい、失速、いきなり5つもポジションを落としてしまった。

その後、一時はトップ10圏内を走っていたが、2回目のピットストップのタイミングでセーフティーカーが導入されたことで、ミディアムコンパウンドのタイヤで残りの29周を走りきることになってしまったため、タイヤが持たず、次々とライバルに抜かれ、13位でゴール、ポイント獲得は果たせなかった。

レースはピット作業でベッテルを逆転したバトンが勝利、2位にアロンソ、ベッテルは3位だった。

3位に入ったベッテルはドライバーズチャンピオンシップのタイトルを決め、2年連続チャンピオンとなった。

2011/09/26

2011年第14戦シンガポールGP

予選Q2で小林可夢偉がクラッシュ。ターン10で縁石に乗り上げてしまい、マシンが浮いてしまった。これは自分のミス、チームに申し訳ないと語った。日本GPを前にポイントを獲得したいところだが、17番手からのスタートとなった。

ポールはここでタイトルを決める可能性も十分あるベッテル、2番手にウェバー。バトン、ハミルトンのマクラーレン勢、アロンソ、マッサのフェラーリ勢、ロズベルグ、シューマッハのメルセデス勢が後に続く。

スタートでウェバー、ハミルトンが出遅れる。ベッテルは順調にトップを走る。
出遅れたハミルトンだが、4周目にシューマッハ、5周目にロズベルグをパスして6番手。小林可夢偉はスタートから一つポジションをあげて16番手を走行、さらに前を走るブエミに迫っていく。

12周目、マッサをパスしようとしたハミルトンが後ろからマッサに接触、フロントウィングを破損させた。マッサは後輪がパンクしてしまい、ピットに。ハミルトンにはこれでドライブスルーのペナルティーが科された。

ロズベルグがミスして一瞬ペレスに前を許すが、すぐに抜き返す。ペレスのすぐ後ろにシューマッハが迫り抜きにかかる。しかし、間を詰めすぎたシューマッハがペレスと接触し、そのままウォールにクラッシュしてしまった。ここでセーフティー・カーが入る。

34周目、セーフティー・カーが外れレース再開。トップベッテルは2番手のバトンとの差を広げていく。
40周目、小林可夢偉に青旗無視があったとしてドライブ・スルーのペナルティが科される。

46周目、順位は、ヴェッテル、バトン、ウェーバー、アロンソ、ハミルトン、ディ・レスタ、ロズベルグ、スーティル、ペレス、バリチェロ、ブエミ、 マルドナド、マッサ、小林可夢偉、セナ、コヴァライネン。

49周目にバトン、ハミルトンがピットイン。50周目にはベッテルもピットに入り、その他各車も最後のピット作業を行う。

バトンがベッテルとの差を詰めていくが、ベッテルがポール・トゥー・ウィンを決め今シーズン9勝目。
2位バトン、3位ウェーバー、4位アロンソ、5位ハミルトン、6位ディ・レスタ、7位ロズベルグ、8位スー ティル、9位マッサ、10位はザウバーのペレス、小林可夢偉は14位フィニッシュとなった。

バトンが2位に入ったことでベッテルのタイトル獲得は次の日本GPに持ち越された。

2011/09/12

2011年第13戦イタリアGP

ルノーは正式にハイドフェルドの離脱を決め、これによりセナがシーズン終了まで走ることになった。
ロータスはトゥルーリとの契約を2012年末までの延長を決めている。

高速サーキットのモンツァでは不利と言われるザウバーだが、小林可夢偉、ペレスの両ドライバーともQ2で脱落してしまった。予選はベッテルがポールを獲得、ハミルトン、バトン、アロンソを挟んでチームメイトのウェバーは5番手。

スタートでアロンソがトップに立つ。1コーナーで多重クラッシュが発生したためセーフティー・カーがいきなり導入される。ペトロフ、リウッツィ、ロズベルグがここでレースを終える。小林可夢偉もフロントウィングを失ってピットに入る。スタートできなかったダンブロジオはマシンをガレージに入れ、レースを終える。

再スタートで小林可夢偉は17番手、ベッテルがアロンソにしかけるも抜くまではいかない。シューマッハが3番手に浮上。5周目、ベッテルがアロンソをかわしてトップに。ウェバーはマッサと接触してフロントウィングを失い、その後クラッシュ。トップに立ったベッテルは2番手以降を徐々に突き放していく。小林可夢位は11番手にまで順位を上げている。

13周目、ハミルトンがずっと追っていたシューマッハをかわすが、シューマッハがすぐさま抜き返す。シューマッハ、ハミルトンのすぐ後ろにはバトン。
シューマッハとバトルを繰り広げていたハミルトンをバトンをかわすとシューマッハも鮮やかに抜いてみせた。ここでシューマッハが1回目のピットに入る。

24周目、小林可夢偉がマシンをコース脇に止めてレースを終える。

再びシューマッハとハミルトンの攻防。シューマッハのブロックが厳しくハミルトンは抜きあぐねていたが28周目にようやくパスする。一方のバトンは2番手アロンソの後方に迫っている。

34周目、ペレスがマシンを止める。これでザウバーは2台ともリタイアとなってしまった。
36周目、バトンがアロンソをかわす。

レースはベッテルが2位以下を大きく突き放し勝利して終わる。2位はバトン、3位はハミルトンの追撃をおさえたアロンソ、4位にハミルトン、5位はシューマッハ。
セナが9位に入り初ポイントを獲得した。


2011/08/29

2011年第12戦ベルギーGP

夏休み明け、スパウェザーで難しいコンディションの中、ベッテルがポールを獲得、ハミルトン、ウェバー、マッサと続いた。ルノーはハイドフェルドに替えてブルーノ・セナを起用、ブルーノはいきなり7番手に食い込む。小林可夢偉はQ3進出ならず12番手。シューマッハは予選Q1で右後輪脱落でクラッシュし、タイム計測なしで最後尾。

決勝はスタートでいくつかの接触があり、アルグエルスアリが早くもレースを終える。ウェバー、ハミルトン、ブルーノらが順位を落とし、ロズベルグがベッテルをパスしてトップに立つ。可夢偉も順位を上げ9番手。ベッテルがロズベルグをかわし再びトップに。
可夢偉はタイヤ交換を引っ張り3位まで順位を上げるが、ウェバーにかわされ4位に。11周目にピットに入ったハミルトンが可夢偉に抑えられていたペトロフをかわして可夢偉に迫る。ハミルトンが可夢偉をかわすが、ストレートで可夢偉がハミルトンの後方に迫る。ハミルトンは後方に迫る可夢偉に気付かなかったのか、マシンを可夢偉のいる外側に寄せてしまい、可夢偉と接触、ハミルトンはバランスを崩してコースアウト、クラッシュしてしまった。
これでセーフティー・カーが導入される。小林可夢偉はここでようやくピットに入る。順位は14番手まで下がった。

レース再開時、トップはアロンソだったが、ベッテルがアロンソをかわしトップに。5番手走行のマッサもバトンにかわされ6番手に順位を下げる。ベッテル、アロンソ、ウェバー、ロズベルグ、バトン、マッサと続く。
バトンがロズベルグをパスして4番手に浮上。小林可夢偉は13番手を走行。

レースも終盤に入って、トップはベッテルと変わらず。最後尾スタートだったシューマッハが6番手にまで順位を上げてきた。アロンソの後ろを走っているウェバーがものすごい勢いで追いかけてくる。37周目、ウェバーが遂にアロンソを捉えて2番手に浮上する。40周目、アロンソの後ろに今度はバトンが迫ってくる。12番手走行の可夢偉に後方からバリチェロが接触、バリチェロはピットに入る。可夢偉はそのままレースを続行。
42周目、バトンがアロンソをパスして3番手に浮上する。シューマッハがチームメイトのロズベルグをかわして5番手に。そしてレースはファイナル・ラップに。レッドブルがベッテル、ウェバーで1-2フィニッシュ。バトンが3位、アロンソは4位。シューマッハ5位、ロズベルグ6位、スーティル7位、マッサ8位、ペトロフ9位、10位はウィリアムズのマルドナド。可夢偉は12位完走。

2011/08/01

2011年第11戦ハンガリーGP

前戦のドイツGPで予選Q1敗退から決勝ではポイントを獲得する走りを見せた小林可夢偉だが、ここハンガリーでも予選は13番手。決勝で再びポイントを獲得する走りをみせてくれるかが注目される。

得意のスタートで小林可夢偉は順位をあげ、10番手を走行、その後他車と異なるピット戦略で一時7位を走る好走を見せるもタイヤがもたず残り数周というところでタイヤ交換に入り、最終的には11位とポイントには届かなかった。

ポールからスタートしたベッテルだが、ハミルトン、バトンのマクラーレン勢とバトルの末、優勝を逃した。
バトンとハミルトンが激しいトップ争い。しかし、ハミルトンはスピンを喫しコースを塞ぐ形で止まる。レースに戻るもコースを塞いだことでペナルティが科されトップ争いから脱落した。

このレースで自身200戦目となるメモリアルレースで見事優勝を決めたのはバトン。今シーズン2勝目、通算11度目となる勝利。

2位はベッテル、3位にはフェラーリのアロンソが入った。


2011/07/25

2011年第10戦ドイツGP

小林可夢偉は予選Q1で敗退し18番手、ブエミが燃料規則違反があったとして予選タイム剥奪で17番手からスタート。オープニングラップで順位をあげ、その後も粘りの走行で入賞圏内に入り、9位でフィニッシュした。

ポールからスタートしたウェバーは勝てず3位。ベッテルをはじめ多くのドイツ人ドライバーがいる中、勝利したのはマクラーレンのハミルトン。フェラーリのアロンソが2位。

ファイナルラップ、マッサとベッテルが同時にピットに入る。レッドブルのクルーが素早いピット作業でベッテルをコースに送り出し4位、マッサは5位となった。

2011/07/11

2011年第9戦イギリスGP

FIAは今回のイギリスGPから、いわゆるブロウン・ディフューザーの実質禁止措置(スロットルオフ時に10%まで)を通達した。この影響のためか、予選タイムはレッドブル勢に対しフェラーリが差を詰める形となった。

ポールはウェバー、2番手はベッテル、3番手にアロンソ、4番手はマッサ。小林可夢偉は自己最高位となる8番手を獲得。

決勝はスタートでベッテルがトップに立ち、ウェバーが2番手に下がり、アロンソとバトル。ハミルトンが10番手から5番手に浮上。

M.シューマッハが前を走る小林可夢偉に追突、マシンを損傷させピットに入り、ノーズを交換しレースに戻る。追突された小林可夢偉はスピン。しかし、コースに戻りレースを続けている。

シューマッハはこの小林可夢偉との接触で10秒のSTOP&GOのペナルティが科される。

小林可夢偉がピットに入ったが、ピットを出るときに後ろから来ていたマシンと軽く接触。これにより可夢偉にも10秒のSTOP&GOペナルティが科される。

レースはマクラーレンとフェラーリがバトル。バトンがマッサをかわしハミルトンはアロンソをかわす。
ロータスのコバライネンとトゥルーリはすでにレースを終えている。
24周目、一度は前を許したハミルトンをアロンソがかわし順位を取り戻す。ハミルトンはこのタイミングでタイヤ交換に入る。
小林可夢偉のマシン後方から白煙が上がり、可夢偉はここでリタイア。開幕戦は失格処分となったが、それ以降完走を続けていた可夢偉だが、ここで今シーズン初のリタイアとなってしまった。

27周目、アロンソがベストを更新しながら周回、ウェバーが先にピットに入る。28周目、アロンソ、ベッテルが同時にピットに入る。ベッテルの作業にやや時間がかかって、アロンソが先にコースに戻る。
アロンソはこれでトップに立つ。2番手はハミルトン、3番手ベッテル、4番手にウェバー、5番手バトン。

37周目、ハミルトンとバトルを繰り広げていたベッテルがタイヤ交換に入る。38周目、ハミルトンがピットに入る。ハミルトンはベッテルの後ろでコースに戻る。
順位はアロンソ、ウェバー、バトン、マッサ、ベッテル、ハミルトン。
39周目、ウェバーがピットに入る。ベッテルがマッサをかわして3位に浮上。トップのアロンソが40周目にピットに入りタイヤ交換。続いてバトンもタイヤ交換。バトンはピットの出口でマシンを止める。右フロントタイヤのナットが閉められる前にロリポップがあげられたためバトンがマシンを出したが、これでは走行は不可能だった。

残り10周となった42周目、順位はアロンソ、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、マッサ。
46周目、燃料が厳しくなってきたハミルトンをウェバーがかわし3番手に浮上。

ファイナルラップ、ベッテルにウェバーが迫るが順位はそのまま。ハミルトンとマッサもマシンをぶつけながらの争いを見せたが、ハミルトンが競り勝つ。
アロンソが自身通算27勝目となる勝利を飾り、2位ベッテル、3位ウェバー、4位ハミルトン、5位マッサ。

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