ドライバー

2009/09/07

フィジケラ、フェラーリに移籍、そして今シーズン限りで引退へ

負傷したマッサの代役にバドエルを起用していたフェラーリだが、次戦からは現フォースインディアのフィジケラを起用することを明らかにした。

イタリア人ドライバーであるフィジケラは「フェラーリで完全燃焼し尽くす」と強い意気込みを示すとともに、今シーズン限りで一線から退くことを明らかにした。来シーズンからフィジケラはフェラーリのリザーブドライバーとしてフェラーリに残留する。


フィジケラは1996年ミナルディーからF1デビュー、同年の最高位は8位。
翌年ジョーダンに移籍し、最高位2位で6回入賞、97年も2回の表彰台、98年にはベネトンに移籍し初ポールを獲得している。
2002年には再びジョーダンに戻り、2003年のブラジルGPで初優勝を飾った。
2004年のザウバーを経て2005年にはルノーに移籍、開幕戦でポール・トゥー・ウィンを決め2006年のマレーシアGPでも勝利している。

2008年から新チームのフォースインディアに移籍し先日行われた2009年ベルギーGPでポールを獲得、決勝で2位表彰台に入った。

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2009/01/10

トロロッソ、ブエミの起用を正式発表

チームの売却先を求めているホンダF1チームは別として、2009年のドライバーを唯一決めていなかったトロロッソが、かねてから有力視されていたセバスチャン・ブエミを起用すると発表した。

ブエミは20歳のスイス人ドライバー。2008年はGP2に参戦し6位でシーズンを終えている。ブエミはレッドブルの若手育成プログラムを受けており、キャリアのほとんどをレッドブルから支援を受けている。

残る一つのシートはボーデ、佐藤琢磨が有力候補に挙がっている。
佐藤琢磨のF1復帰を願うばかりだ・・・

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2009年パリダカ、片山右京は無念のリタイア

バイオフェールを燃料などいくつかのエコ仕様のマシンでパリダカに挑んでいた片山右京だが、第5ステージ102Km通過したあたりでマシントラブルに見舞われ、リタイアとなってしまった。

この日の夜からの悪天候で第5ステージは困難なレースとなった模様。片山右京はサポートトラックのけん引によってキャンプ地ラファエルに到着、懸命の復旧作業も叶わずリタイアとなったそうだ。

片山右京は自身のオフィシャルサイトのブログに「燃料、ダンパー、タイヤ、ボディーパーツも環境に配慮した物、全て完璧でした。もう少しでそのポテンシャルを証明出来るとこだったのに。残念です。申し訳ありません。申し訳ありません」と書き込んでいる。


環境に配慮した車両での挑戦を続け、この悔しい気持ちを晴らしてもらいたい。

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2008/12/31

片山右京、2009年パリダカにチャレンジ

F1引退後はラリーにも挑戦している片山右京は、2007年に使用済み天ぷら油をリサイクルしたバイオフェールを燃料とするディーゼル車でパリダカを見事完走してみせた。このプロジェクトは3年間を一区切りに進められていたが、2008年は情勢不安によりレースがキャンセルになってしまった。
それでもプロジェクトを着々と進め、2009年、舞台をアフリカから南米にうつした「パリダカ」で再び挑戦する。

1月3日にアルゼンチンのブエノスアイレスからスタートしチリをまわって再び1月17日にブエノスアイレスに戻ってゴールとなる。

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2008/11/08

佐藤琢磨、再びトロロッソのテストに参加

2008年シーズンが終わったばかりだが、11月17日からバルセロナで合同テストが行われる。
このテストに佐藤琢磨が参加する。9月にもテストに参加したが、今回もその時と同じトロロッソのマシンに乗る。
9月に参加した時は雨に祟られ十分なパフォーマンスを見せつけることはできなかった。それでもチームからの評価はまずますのものだった。
今回のテストでは天候に恵まれ実力をおもいっきり見せてもらいたい。佐藤琢磨は17日、18日にバルセロナで走る予定だ。

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2008/10/02

中嶋一貴、2009年もウィリアムズに残留

日本GPに向けて機材が続々と到着している中、日本のF1ファンにとって嬉しいニュースが飛び込んできた。
ウィリアムズが2009年のドライバーを発表、今シーズンに引き続きロズベルグと中嶋一貴を起用することを明らかにした。

ベッテルの活躍が目覚しいところだが、中嶋はこれまで5度の入賞で9ポイントを獲得しており今後の成長が期待されるところなので、ウィリアムズが継続して中嶋と契約してくれたことは彼のキャリアにとってもプラスだと思われる。
日本のファンの一人としては、とにかく日本人ドライバー不在のシーズンが回避されただけでも嬉しい。
あとは佐藤琢磨についても良いニュースが聞けるといいのだが・・・

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2008/09/19

佐藤琢磨、久しぶりにF1マシンをドライブ!

9月18日、ヘレス合同テストは午後から降雨に見舞われた。
久しぶりにF1マシンを走らせる機会を得た佐藤琢磨だが、残念ながら午後の走行を見合わせることになってしまった。
それでも、前日のブエミよりも0.635秒速いベストタイムを記録、トータル49ラップを周回した。

佐藤琢磨はトロロッソのマシンに乗り、クルマに慣れる為のセットアップを行い、同時に空力のテストも行った。
タイムは前日のブエミより速いものであったが、この日、ベッテルは前日のタイムを1.877秒短縮しており、8台中7番手タイムの小林可夢偉、8番手タイムの中嶋一貴と並んで6番手タイムという結果は微妙なところ。

雨のため予定を切り上げざるを得なかった琢磨だが、久しぶりの走行を楽しんだようだ。
今回の走行で何かが変わるのかはわからないが、また良いニュースが聞けることを期待して待ちたい。

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2008/09/16

パトレーゼ

9月9日、リカルド・パトレーゼが15年ぶりにF1マシンに乗った。
ホンダのバリチェロがパトレーゼの持つF1GP最多出走記録の256戦出場記録を破った際、これを祝うゴルフ大会にパトレーゼも出席しており、このときにホンダマシンをドライブしたいとコメントしていたことから実現に至ったとのこと。

パトレーゼはホンダRA107に乗り込みトータル5ラップを周回、この15年の間のF1の進歩を体験した。

パトレーゼは1977年から1993年に引退するまで17年間にわたってF1をドライブ、通算6回の優勝記録を持つ。
特に1991年と1992年ウィリアムズのマンセルとのコンビは無敵だった。
最後の勝利は38歳のときで、1992年の日本GP。長くF1を見てきているファンにとって懐かしい名前だった。

1992年、ウィリアムズはマンセル、パトレーゼのコンビでチャンピオンを獲得してから、1993年はプロストとヒル、1994年はセナを事故で失いながらも、ヒル、クルサード、1996年、ヒル、ビルヌーブ、1997年はビルヌーブ、フレンツェンでチャンピオンを獲得、黄金期を築いたのだった。

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2008/03/16

佐藤琢磨、それでも楽しい

2008年のシーズンが幕開けとなった。
資金難から参戦が危ぶまれていたスーパーアグリも投資家グループとの提携によりなんとかマシンを走らせることができるようになった。

しかし、開幕前のテストに参加することができなかったことで明らかに準備不足となっており初日のフリー走行でも予想通り数々のトラブルに見舞われた。

デビッドソンがチームの現状を嘆く一方で、佐藤琢磨はとにかく2008年シーズンを始められたことを喜び、困難はあってもF1マシンを走らせることは最高に楽しいとコメントしている。

いちファンンとしてはこんな佐藤琢磨をなんとかいい状態で走ってもらうことができないだろうかと思ってしまう。
勝手な願いとは承知の上だが、スーパーアグリを支援してくれる日本企業があらわれてほしい。

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2007/10/09

中嶋一貴、ブラジルGPでF1デビュー!

ウィリアムズのレギュラードライバーをつとめるブルツが今シーズン限りでのF1引退を明らかにしたことにより、最終戦のブラジルGPには、同チームのテストドライバーをつとめる中嶋一貴がレースを走ることになった。

ブルツの引退表明があってから既に噂にはなっていたが、その噂どおり中嶋一貴がブラジルGPを走ることになったようだ。  
 ※ウィリアムズのWebサイト( http://www.williamsf1.co.uk/ )

日本人F1ドライバーもいよいよ2世の時代に入ってきた。
中嶋一貴の父である中嶋悟は現役時代にアイルトン・セナやネルソン・ピケとチームメイトになっていたが、セナの甥であるブルーノ・セナやピケ・Jrよりも一足先にF1デビューすることになった。

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