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2011年10月

2011/10/31

2011年第17戦インドGP

今年初開催となるインドGPはフリー走行でのイエロー無視や韓国戦でのアクシデントによるグリッド降格のペナルティがあり、予選結果とスターティング・グリッドに違いが出た。

フリー走行ではウィリアムズのマルドナドがマシントラブルでコースサイドにストップしてイエローが降られていたがハミルトンとペレスがこれを無視したとして予選グリッド3位降格というペナルティが科された。

リカルドは規定回数以上のギヤボックス交換が行われたため5グリッド降格、さらに公式予選で、地元のカーティケヤンがシューマッハのアタックを妨害したとしてこれまた5グリッド降格のペナルティが科された。
前戦韓国GPでのアクシデントによりロータス・ルノーGPのペトロフが5グリッド降格。
グロックはマシントラブルのため予選で107%タイムをクリアできなかったが22番手からのスタートが許された。

小林可夢偉は予選Q1のアタックの時にちょうどコースインしてきたマッサガ前を譲ってくれなかったため、タイムを更新することができずここで敗退してしまった。スターティンググリッドはチームメイトのペレスがグリッド降格のペナルティのおかげでポジションをひとつ上げて17番手からのスタートとなった。

決勝レーススタート!
ベッテルがトップキープ、ウェバーも後に続く。アロンソが順位を落としバトンが3番手に浮上。後方で複数のマシンが接触するアクシデントが起きている。ヘアピンでバトンが2位に浮上。アクシデントに巻き込まれた小林可夢偉は最後尾。

2周目、小林可夢偉はコース脇にマシンを止め、早くもレースを終えている。

8周目、ベッテルはファステストを記録しバトンとの差を広げていく。これに対しバトンも11周目、12周目とファステストを記録し差を詰める。

22周目、ベッテルが再びファステストを記録、24周目マッサが少し膨らんだところにハミルトンが一気に差を詰める。ハミルトンがマッサにオーバーテイクを仕掛けるも、両者は接触、ハミルトンが順位を落とした。マッサはそのまま走り続け、その後ピットでノーズを交換するも、34周目にはマシンを止めることになった。

ベッテルはその後もファステストを連発、ファイナルラップでもファステストを記録してポール・トゥー・ウィン。2位にバトン、3位アロンソ、ウェバーは4位となった。

ドライバーズポイントは、優勝を決めているベッテル374ポイント、バトンが240ポイント、アロンソが227ポイント、ウェバーが221ポイント、ハミルトンが202ポイントとなった。

コンストラクターズポイントは、レッドブルが595ポイント、マクラーレンが442ポイント、フェラーリが325ポイント、メルセデスが145ポイント、ルノーが72ポイント、フォースインディアが51ポイント、ザウバーとトロロッソが41ポイントで並ぶ。

小林可夢偉の所属するザウバーチームはフォースインディア、トロロッソとコンストラクターズを6位を争っているが、今シーズンも残り2戦となり、ここでフォースインディアに離され、トロロッソには追い付かれるという厳しい展開になってきた。


2011/10/17

2011年第16戦韓国GP

ドライバーズチャンピオンシップをベッテルが制した鈴鹿から1週間、まだその余韻が残る中で韓国GPが開催された。

初日は雨が降ってウェット、予選はドライコンディションで行われ、ハミルトンがポールを獲得した。ハミルトンのポール獲得は今シーズン初。ベッテルは2番手、ウェバーは4番手タイムで、レッドブル勢が昨年のアブダビGPから続けてきた連続ポール記録は17戦で途絶えることになった。小林可夢偉は予選Q2で敗退、14番手タイムだった。

決勝、スタートでハミルトンはトップを守るがターン4でベッテルがハミルトンをかわしてトップに立つ。1周目を終えて順位は、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、マッサ、アロンソ、バトン、ロズベルグ、ペトロフ、ディレスタ、シューマッハ、スー ティル、アルグエルスアリ、小林可夢偉、マルドナド、バリチェロ、コバライネン、ブエミ、ペレス、セナ、グロック、リチャルド、トゥルーリ、ダンブロシオ、リ ウッツィ。

17周目、シューマッハの後方からペトロフが突っ込み両者が接触、ペトロフはピットに戻りノーズ交換するも結局リタイア、シューマッハもリタイアに追い込まれた。

これによりセーフティー・カーが導入される。順位は、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、バトン、ロズベルグ、マッサ、アロンソ、アルグエルスアリ、 ディレスタ、スーティル、マルドナド、ブエミ、ペレス、小林、バリチェロ、セナ、コバライネン、トゥルーリ、グロック、リチャルド、ダンブロシオ、リ ウッツィ。

21周目、セーフティー・カーが外れてレース再開。22周目、セナと可夢偉が接触、これによりフロントウィングにダメージを負う。可夢偉は25周目にピットに入った。

ハミルトンとウェバーが激しくやりあうが、ハミルトンはウェバーに前を許さない。
ベッテルがファステストを記録してトップでチェッカーを受けて優勝、ハミルトンは最後までウェバーを制して2位、ウェバーが3位、バトン、アロンソ、マッサと続き、小林可夢偉は15位。チームメイトのペレスはタイヤが持たず残り3周の時点でタイヤ交換に入り16位に終わった。

2011/10/11

2011年第15戦日本GP

昨年は鈴鹿でいくつかのオーバーテイクを見せて観客をわかせた小林可夢偉、今年の日本GP予選Q1はトップタイムで通過、Q2も突破した。可夢偉のQ2突破は第9戦イギリスGP以来。
Q3ではタイヤを温存するためにアタックをしなかったため、予選10位となったが、

1. アタックラップを開始して予選タイムを記録しようとしたドライバー
2. アタックラップ自体を開始しなかったドライバー
3. 予選時間中にコースインしなかったドライバー

を基準にFIAは順位を訂正し、可夢偉は7位、シューマッハ、セナ、ペトロフという順位になった。
これにより可夢偉はイギリスGPでの予選8位を上回るグリットを獲得した。

ポールは鈴鹿3年連続となるベッテル、僅差でバトンが続き、3位はハミルトンだった。

決勝、期待のかかる可夢偉だが、スタートに失敗、クラッチを解放したとき、突然アンチストールモードになってしまい、失速、いきなり5つもポジションを落としてしまった。

その後、一時はトップ10圏内を走っていたが、2回目のピットストップのタイミングでセーフティーカーが導入されたことで、ミディアムコンパウンドのタイヤで残りの29周を走りきることになってしまったため、タイヤが持たず、次々とライバルに抜かれ、13位でゴール、ポイント獲得は果たせなかった。

レースはピット作業でベッテルを逆転したバトンが勝利、2位にアロンソ、ベッテルは3位だった。

3位に入ったベッテルはドライバーズチャンピオンシップのタイトルを決め、2年連続チャンピオンとなった。

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東京モーターショー2005&2003

  • TMS2005-01-BAR005
    2005年と2003年の東京モーターショーで展示されたF1マシンです。

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