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2011年8月

2011/08/29

2011年第12戦ベルギーGP

夏休み明け、スパウェザーで難しいコンディションの中、ベッテルがポールを獲得、ハミルトン、ウェバー、マッサと続いた。ルノーはハイドフェルドに替えてブルーノ・セナを起用、ブルーノはいきなり7番手に食い込む。小林可夢偉はQ3進出ならず12番手。シューマッハは予選Q1で右後輪脱落でクラッシュし、タイム計測なしで最後尾。

決勝はスタートでいくつかの接触があり、アルグエルスアリが早くもレースを終える。ウェバー、ハミルトン、ブルーノらが順位を落とし、ロズベルグがベッテルをパスしてトップに立つ。可夢偉も順位を上げ9番手。ベッテルがロズベルグをかわし再びトップに。
可夢偉はタイヤ交換を引っ張り3位まで順位を上げるが、ウェバーにかわされ4位に。11周目にピットに入ったハミルトンが可夢偉に抑えられていたペトロフをかわして可夢偉に迫る。ハミルトンが可夢偉をかわすが、ストレートで可夢偉がハミルトンの後方に迫る。ハミルトンは後方に迫る可夢偉に気付かなかったのか、マシンを可夢偉のいる外側に寄せてしまい、可夢偉と接触、ハミルトンはバランスを崩してコースアウト、クラッシュしてしまった。
これでセーフティー・カーが導入される。小林可夢偉はここでようやくピットに入る。順位は14番手まで下がった。

レース再開時、トップはアロンソだったが、ベッテルがアロンソをかわしトップに。5番手走行のマッサもバトンにかわされ6番手に順位を下げる。ベッテル、アロンソ、ウェバー、ロズベルグ、バトン、マッサと続く。
バトンがロズベルグをパスして4番手に浮上。小林可夢偉は13番手を走行。

レースも終盤に入って、トップはベッテルと変わらず。最後尾スタートだったシューマッハが6番手にまで順位を上げてきた。アロンソの後ろを走っているウェバーがものすごい勢いで追いかけてくる。37周目、ウェバーが遂にアロンソを捉えて2番手に浮上する。40周目、アロンソの後ろに今度はバトンが迫ってくる。12番手走行の可夢偉に後方からバリチェロが接触、バリチェロはピットに入る。可夢偉はそのままレースを続行。
42周目、バトンがアロンソをパスして3番手に浮上する。シューマッハがチームメイトのロズベルグをかわして5番手に。そしてレースはファイナル・ラップに。レッドブルがベッテル、ウェバーで1-2フィニッシュ。バトンが3位、アロンソは4位。シューマッハ5位、ロズベルグ6位、スーティル7位、マッサ8位、ペトロフ9位、10位はウィリアムズのマルドナド。可夢偉は12位完走。

2011/08/01

2011年第11戦ハンガリーGP

前戦のドイツGPで予選Q1敗退から決勝ではポイントを獲得する走りを見せた小林可夢偉だが、ここハンガリーでも予選は13番手。決勝で再びポイントを獲得する走りをみせてくれるかが注目される。

得意のスタートで小林可夢偉は順位をあげ、10番手を走行、その後他車と異なるピット戦略で一時7位を走る好走を見せるもタイヤがもたず残り数周というところでタイヤ交換に入り、最終的には11位とポイントには届かなかった。

ポールからスタートしたベッテルだが、ハミルトン、バトンのマクラーレン勢とバトルの末、優勝を逃した。
バトンとハミルトンが激しいトップ争い。しかし、ハミルトンはスピンを喫しコースを塞ぐ形で止まる。レースに戻るもコースを塞いだことでペナルティが科されトップ争いから脱落した。

このレースで自身200戦目となるメモリアルレースで見事優勝を決めたのはバトン。今シーズン2勝目、通算11度目となる勝利。

2位はベッテル、3位にはフェラーリのアロンソが入った。


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    2005年と2003年の東京モーターショーで展示されたF1マシンです。

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