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2011年7月

2011/07/25

2011年第10戦ドイツGP

小林可夢偉は予選Q1で敗退し18番手、ブエミが燃料規則違反があったとして予選タイム剥奪で17番手からスタート。オープニングラップで順位をあげ、その後も粘りの走行で入賞圏内に入り、9位でフィニッシュした。

ポールからスタートしたウェバーは勝てず3位。ベッテルをはじめ多くのドイツ人ドライバーがいる中、勝利したのはマクラーレンのハミルトン。フェラーリのアロンソが2位。

ファイナルラップ、マッサとベッテルが同時にピットに入る。レッドブルのクルーが素早いピット作業でベッテルをコースに送り出し4位、マッサは5位となった。

2011/07/11

2011年第9戦イギリスGP

FIAは今回のイギリスGPから、いわゆるブロウン・ディフューザーの実質禁止措置(スロットルオフ時に10%まで)を通達した。この影響のためか、予選タイムはレッドブル勢に対しフェラーリが差を詰める形となった。

ポールはウェバー、2番手はベッテル、3番手にアロンソ、4番手はマッサ。小林可夢偉は自己最高位となる8番手を獲得。

決勝はスタートでベッテルがトップに立ち、ウェバーが2番手に下がり、アロンソとバトル。ハミルトンが10番手から5番手に浮上。

M.シューマッハが前を走る小林可夢偉に追突、マシンを損傷させピットに入り、ノーズを交換しレースに戻る。追突された小林可夢偉はスピン。しかし、コースに戻りレースを続けている。

シューマッハはこの小林可夢偉との接触で10秒のSTOP&GOのペナルティが科される。

小林可夢偉がピットに入ったが、ピットを出るときに後ろから来ていたマシンと軽く接触。これにより可夢偉にも10秒のSTOP&GOペナルティが科される。

レースはマクラーレンとフェラーリがバトル。バトンがマッサをかわしハミルトンはアロンソをかわす。
ロータスのコバライネンとトゥルーリはすでにレースを終えている。
24周目、一度は前を許したハミルトンをアロンソがかわし順位を取り戻す。ハミルトンはこのタイミングでタイヤ交換に入る。
小林可夢偉のマシン後方から白煙が上がり、可夢偉はここでリタイア。開幕戦は失格処分となったが、それ以降完走を続けていた可夢偉だが、ここで今シーズン初のリタイアとなってしまった。

27周目、アロンソがベストを更新しながら周回、ウェバーが先にピットに入る。28周目、アロンソ、ベッテルが同時にピットに入る。ベッテルの作業にやや時間がかかって、アロンソが先にコースに戻る。
アロンソはこれでトップに立つ。2番手はハミルトン、3番手ベッテル、4番手にウェバー、5番手バトン。

37周目、ハミルトンとバトルを繰り広げていたベッテルがタイヤ交換に入る。38周目、ハミルトンがピットに入る。ハミルトンはベッテルの後ろでコースに戻る。
順位はアロンソ、ウェバー、バトン、マッサ、ベッテル、ハミルトン。
39周目、ウェバーがピットに入る。ベッテルがマッサをかわして3位に浮上。トップのアロンソが40周目にピットに入りタイヤ交換。続いてバトンもタイヤ交換。バトンはピットの出口でマシンを止める。右フロントタイヤのナットが閉められる前にロリポップがあげられたためバトンがマシンを出したが、これでは走行は不可能だった。

残り10周となった42周目、順位はアロンソ、ベッテル、ハミルトン、ウェバー、マッサ。
46周目、燃料が厳しくなってきたハミルトンをウェバーがかわし3番手に浮上。

ファイナルラップ、ベッテルにウェバーが迫るが順位はそのまま。ハミルトンとマッサもマシンをぶつけながらの争いを見せたが、ハミルトンが競り勝つ。
アロンソが自身通算27勝目となる勝利を飾り、2位ベッテル、3位ウェバー、4位ハミルトン、5位マッサ。

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東京モーターショー2005&2003

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    2005年と2003年の東京モーターショーで展示されたF1マシンです。

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