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2008/05/05

ホンダの不振はスーパーアグリのせい?

2004年、ホンダの前身BARはバトン、佐藤琢磨の二人のドライバーでコンストラクターズ2位を獲得した。

2005年は車両重量規定違反でサンマリノGPでのポイント剥奪、その後2戦出場停止処分などにより前年ほどの成績をおさめることはできなかった。そして2006年からバリチェロと契約することとなり、バトンについてもウィリアムズとの契約問題を金銭解決して残留することが決められた。

これで当時唯一の日本人ドライバーであった佐藤琢磨がシートを失うことになり、ホンダには、佐藤琢磨救済の 要望や苦情が殺到した。
佐藤琢磨は日本人としては初の予選でフロント・ローを獲得、鈴木亜久里以来の3位表彰台も獲得し、日本のF1ファンの期待のドライバーだったので無理もない話だった。

こうした経緯からホンダの支援のもとスーパーアグリF1チームが誕生し、2006年にスピード参戦を果たすことになった。

2006年BARはオール・ホンダのチームとして生まれ変わり、バトンが1勝をもたらすが、2007年、ホンダはこれまでの勢いを失って低迷する。
F1参戦を果たしたスーパーアグリは非力なマシンで奮闘を続け、2007年第4戦で佐藤琢磨が8位にはいり初ポイントを挙げる。そして第6戦のカナダGPで佐藤琢磨が6位に入った。
低迷していたホンダはこの時点ではノーポイント、スーパーアグリの思わぬ活躍にホンダのニック・フライ氏は快く思っていないようなコメントを発していた。

ホンダがスーパーアグリに気を取られることを危惧するフライ氏、なかなか成績が上向いてこないのもスーパーアグリの存在が少なからず影響していると考えているのだろうか。

存続の危機に瀕しているスーパーアグリにヴァイグル・グループが救済の手を差し伸べているのだが、フライ氏は懐疑的だ。そしてフライ氏はスーパーアグリはトルコGPを欠場するとFOMに伝えたという。このため、イスタンブールに到着したスーパーアグリはパドックへの立ち入りを拒否されている。

こんな形でスーパーアグリの命は絶たれてしまうのだろうか?
もちろん個人的にはチーム存続を熱望するが、ホンダにはこんな見捨て方ではない形を考えてもらいたいものだ。

5月6日15時30分、都内のホテルで鈴木亜久里代表が出席して緊急記者会見を行なうそうだ。

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