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2006/08/20

モントーヤのデビューを振り返る

1990年代、ウィリアムズはマンセル、プロスト、ヒル、ビルヌーブを擁し5度のチャンピオンを獲得した。しかし、1998年、ルノーが一時撤退しチームも力を失っていく。1999年にはF1からCARTに転向しチャンピオンを獲得したザナルディを再び迎え入れたが、思うような結果を出せなかった。

2000年はBMWエンジンを搭載し、ラルフとバトンというコンビで臨んだ。この年にF1デビューを果たしたバトンは6度の入賞、最高位4位という結果を残すが、チームは2001年はCARTチャンピオンであるモントーヤの起用を決めた。

モントーヤは第1戦、第2戦はちゃんとしたレースをすることができず、リタイア。第3戦ブラジルGPでは予選4位、スタートで2番手にジャンプアップする。コース上にとまっているマシンがあるため、セーフティ・カーが入る。セーフティー・カーが外れてレースが再開すると、モントーヤは1コーナーで皇帝M.シューマッハに挑み、シューマッハをはじき出す形でトップを奪う。

トップを快走していたが、周回遅れのマシンとの接触でこのレースも完走することができなかった。しかし、M.シューマッハにでさえ遠慮しないこの走りがモントーヤを印象づけた。

第5戦、第9戦と2位、第11戦も4位に入るも、同僚のラルフ・シューマッハは既に3勝を上げる活躍を見せていた。
第15戦イタリアGP、前年ウィリアムズに在籍し、CARTに復帰していたザナルディがレース中に両足切断の事故に遭うという報が入った。このレース、モントーヤは3度目となるポールを獲得、猛追を見せるフェラーリのバリチェロを抑え、堂々の初優勝を飾った。

翌年、モントーヤは7度表彰台に上がるが、勝利には恵まれなかった。2003年は2勝、2004年は1勝、2005年はマクラーレンに移籍し3勝を上げた。

まだまだF1での活躍が期待できるモントーヤであったが、アメリカに渡りNASCARに転向することを決めた。マクラーレンは契約の満了を待たず、モントーヤを放出、2006年シーズン途中でF1から離れることとなってしまった。

「暴れん坊」と呼ばれたモントーヤはそのレーシングスタイルはNASCARに向いているかも知れない。近年、FIAはレースを面白くする(?)ための施策を次々と繰り出している。しかし、印象的な走りを魅せたモントーヤのような存在があることの方がどんな施策よりもレースを面白くするのではないだろうか・・・。

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