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2006年3月

2006/03/27

富士スピードウェイで日本GP

2007年の日本GPは富士スピードウェイで開催することになった。
F1に参戦したトヨタが経営に参画し、F1開催のために必要な条件を十分すぎるほど満たした富士スピードウェイ、30年前にF1が開催された地でもある。

これまで、日本GPといえば鈴鹿、鈴鹿といえば日本GPだった。
1度だけだが、私も鈴鹿にF1観戦にいったことがある。そのときの思い出は今も鮮明だ。

鈴鹿に比べれば富士スピードウェイの方が距離的には近く、可能なら足を運びたい。
でも、やっぱり日本GPは鈴鹿だ。
鈴鹿サーキットはF1開催の希望をなくしたわけではないようで、以前英田で開催されたようにパシフィックGPとして残るか、富士スピードウェイと1年おきに交互に開催するなどの道を探っているようだ。

FIAとGPMAの対立について近いうちになんらかの進展があるかも知れない。ことの次第によってはこのエンジンメーカーのワークス・チームの2008年のエントリーが危うくなる。富士スピードウェイでの開催という念願が叶ったトヨタだが、仮にチームが存在しなくてもF1は開催するのだろうか。

2006/03/20

佐藤琢磨、力走!

第2戦マレーシアGPは予選前、決勝前にエンジン交換に追い込まれるマシンが続出し、スターティング・グリッドに対する情報が錯綜した。

ルノーのフィジケラはバーレーンGPでエンジントラブルに見舞われたが、第2戦では見事にポールを獲得、アロンソは給油リグと電子機器にトラブルがあり予選は振るわなかった。期待の新人のロズベルグは3番手からのスタートだ。エンジン交換を行ったクルサード、バリチェロ、マッサ、ラルフの前にスーパーアグリF1の2台が立つ

非力なマシンで佐藤琢磨が奮闘し今回も完走。井手有治は残念ながら2戦連続完走ならず。
トヨタはラルフが最後尾から追い上げなんとか1ポイントを獲得。どのチームより早く2006年型マシンの開発に着手したはずのトヨタだが、開幕から2戦は思ったほどの成果を挙げられていない。
ホンダはバリチェロがまだ結果を出せていないが、バトンが表彰台に上がった。

バーレーンGPでは上々の結果を出したウィリアムズだったが、ロズベルグ、ウェバーともにトラブルに見舞われ2台ともリタイアに終わってしまった。
マクラーレンはモントーヤが4位に入るも、ライコネンはオープニング・ラップで脱落、相変わらず不安定だ。
フェラーリは2台とも入賞を果たすが、予選前にマッサは2回のエンジン交換、M.シューマッハもエンジン交換で予選グリッド降格のペナルティが科されていた。新型V8エンジンに問題がないのか心配される。

フィジケラがポール・トゥー・ウィン、アロンソも2位に入りルノーの1-2フィニッシュ、開幕戦に続き2連勝。このままルノーに先行を許さないためにも次はマクラーレン、ホンダ、フェラーリの活躍を期待したい。

佐藤琢磨は今回、チームワークが飛躍的に進歩したとレースの収穫について語っている。バーレーンでは6回もピットストップに入るなど、ドタバタ劇を演じたが、今回は何ら時間をロスすることなくピットワークを済ませることができた。佐藤琢磨の頑張りがチームを成長させ、チームの成長が佐藤琢磨のモチベーションを高める、そんないい流れができてきているのではないだろうか。


2006/03/14

あれっ?忘れていませんか?

デビュー戦で見事ポイントをあげたロズベルグ。ファステストラップも記録している。
スタート後の1コーナーでのスピンがなければ表彰台にも上がれた勢いだった。

1982年のワールドチャンピオンであるロズベルグの父親は息子をこう称えている。
「初めてのグランプリにおいて、普通の状況の中で最速レースラップを記録するなど信じられないことだ。これまでに誰かが達成したことがあるのか分からない。素晴らしい」

ジャッキー スチュワート氏も「私がとても長い間見てきた中で若いドライバーによるベストパフォーマンスだったと思う。初めてのグランプリにおけるあのようなパフォーマンスを思い出すことができない」

ちょっと待った!
今も現役で走っているドライバーの中にもいるではないか。とっても凄かった人が!
ルーキーで開幕戦にいきなりのポール、残念ながら2位表彰台だったが、ファステストも記録した人が。

ジャック・ビルヌーブ!

彼がF1に参戦したのは24歳で、それまでにインデイカーシリーズチャンピオン、インディ500でも勝利するという実績を引っさげてのことだった。

ロズベルグはGP2チャンピオンという実績はあるものの、若干20歳。やはりジャックは比較の対象じゃない?

そうした話しは別として、バーレーンでのロズベルグの走りは光っていた。V8エンジンに定評のあるコスワースもなかなかのものだ。
BMWを失ってどうなるかと思ったウィリアムズだが、ルノー、マクラーレン、フェラーリ、ホンダの4強にどこまで食い下がれるか楽しみである。

2006/03/13

ロズベルグって凄い!?

開幕戦、M.シューマッハが復活のポールを獲得、マッサもフロント・ローに並んだ。しかし、フェラーリの完全復活を打ち砕いたのは昨年の王者、アロンソ。マッサを早々に仕留めると、M.シューマッハに迫り、遂には前に出て、優勝を飾った。

アロンソとM.シューマッハのバトルは見ごたえがあったが、終盤この二人以外にもレースを盛り上げたドライバーがいた。ウィリアムズのルーキー、ロズベルグだ。スタート後の1コーナーでマシンにダメージを負うが、終盤になってファステストを刻みながらベテランのクルサードに肉薄、バトルを制し8位入賞圏内に這い上がった。さらに前を走るクリエンもあっという間に抜き去り7位、初戦で見事ポイントを獲得した。
今後、彼の走りは見逃せない!

スーパーアグリF1は無謀とまで言われた短期間でのチーム立ち上げから困難を乗り越え、初戦で初完走を果たした。井手有治は残念ながらマシントラブルで完走できなかったが、次の目標は2台揃っての完走だ。
そして何よりオリジナル・カーの投入が楽しみである。それまで佐藤琢磨も井手有治も粘りの走りを見せてほしい。

2006/03/12

復活!?

開幕戦のバーレーンGPでM.シューマッハが2005年第13戦ハンガリーGP以来のポールを獲得した。
M.シューマッハは「ここまで戻ってくるために長い時間がかかった」とその喜びをかみしめた。2005年シーズンオフから今シーズンに向けハードに仕事をこなしてきたのはM.シューマッハだけでなく、チームの皆がそうだったのだろう。まだ開幕戦の予選が終わっただけなので、そう喜んでばかりもいかないのだろうが、引退をも口にするM.シューマッハとチームが一丸となって復活にかけている。

そして、今年からバリチェロに替わってフェラーリに加入したマッサもM.シューマッハに僅差の2番グリッドを獲得、その力をみせることに成功した。

新しい予選方式、新しいレギュレーションの中、各チーム様々な作戦を講じてきているに違いないが、フェラーリはまずいいスタートを切った。
やはり、M.シューマッハはこのままで終わらないのか。
フェラーリの、ブリヂストンの、そしてM.シューマッハの復活劇がいよいよ始まる。

帰ってきた二人

バーレーンGPの金曜日の記者会見で、F1シーンに復帰した二人が出席した。

ひとりはトロロッソの共同オーナーとなったベルガー氏。元F1パイロットでBMWのスポーティングディレクターを務めていたが、家族との時間を大切にしたいとして、その職を辞していたが、1年半ぶりにその姿をあらわした。
ベルガー氏は「しばらく家でリラックスして過ごすのは楽しかった。でも、どうしてもモータースポーツが恋しかった」と記者会見の席でコメントした。

もう一人は新チームを立ち上げて参戦を果たした鈴木亜久里氏だ。「F1復帰は簡単なことではなかった」と、バーレーンに2台のマシンを持ってくるまでの苦労を振り返った。

ワークスチームと対等にやりあうなんてことは考えていない。でもF1という舞台にチャレンジしていく熱い思いを持った人たちがいることで、F1がまた面白くなる。

2006/03/07

M.シューマッハの意気込み

引退説までささやかれているM.シューマッハだが、その去就は2006年シーズンの成績次第のようだ。
今シーズンに懸けるM.シューマッハの昨年のシーズン終盤から最近までのコメントをまとめてみた。

■2005年10月
 フェラーリ復活のために一丸となって働かなければならない。
 2006年の戦いは、もう最終戦が終わった時から始まっている。冬の間にどれだけ仕事をしたかが、来年の活躍を支えることになる。

■2005年12月
 去年は十分休むに値したから休暇を取った。でも、今年はそんな場合じゃない。
 いま僕はとてもフレッシュな気分で、そしてとてもハングリー。やる気満々だ。

■2005年12月(7年ぶりの年内テストに参加して)
 今日のテスト結果には満足している。
 僕には戻ってくる必要があった。みんなとこうして高いモチベーションで仕事ができたことで、また来年へのやる気が湧いてきた。
 チームは全員がハードに働いているし、とても見通しは明るいと感じた。

■2005年12月(2006年のルール改定について)
 そもそも去年の我々のクルマで、アロンソやライコネンに次いでランキング3位になったことでさえ奇跡のようなことだ。でも、だからといって何もしないで過ごすなんていうのは僕のスタイルじゃない。
 2006年の新しいルール、V8-2.4リッターエンジンやタイヤ交換ができるというのは、きっとアドバンテージになることと思う。FIAによるこの規則変更は、もちろんフェラーリを有利にするためのものじゃない。
 ただ、我々やブリヂストンが、きっといい仕事をしてこれに対応するだろうということ。

■2006年1月(他チームへの移籍の可能性について)
 現役を続けるのであれば、フェラーリに残留する確率は99%。
 残りの1%については移籍だってあることは否定しない。
 僕はウソはつきたくない。
 大事なことは、走るからにはチャンピオンシップが狙えるところにいなければならないということだ。

■2006年1月
 我々は長い間F1の頂点に君臨したが、昨シーズンの低迷で目覚めた。
 今年は違う。みんながやる気になっていて、それはこのオフの仕事ぶりからも窺える。
 もう1年、去年のようなことを繰り返そうなんて、いまこのチームでは誰も思っていない。

■2006年1月
 去年1年間、僕たちは延べ約9万キロにも及ぶテストをやった。
 それだけの努力を傾注したにもかかわらず、それでも進歩しなかったとしたら、そんなことを想像することができない。それだけのテストをやったのに、それでもライバルに1周で2秒も遅かったとしたら、その努力はすべて無駄だったということになってしまう。

■2006年1月(カーナンバーが1から5になることについて)
 確かにこのところずっとカーナンバーは1だったから見た目は奇妙な感じがするけれど、でもこれが違う数字だったというのはそんな思い出せないほど前のこと、という訳じゃない。それに、僕自身はそんなカーナンバーなんてたいして気にしていない。
 大事なことは、新しいクルマで新しい戦いを始めるということだ。

■2006年1月
 我々が倒すべきライバルはルノーになると思う。
 これまで見たところ、ルノーの新型車はとても良く準備されているように思える。ここまでのテストでも終始一貫安定しているようだ。それからホンダもなかなか良さそうだ。
 でも、まだ開幕まで時間はあるし、我々だっていい仕事をしている。

■2006年2月
 これまでのところ、2006年シーズンに向けてのテストはとてもうまく運んでいると思う。
 「248F1」は確実に進歩を遂げている。
 もちろん、いくつかの小さな問題点はある。でも、それをあぶり出すのがシーズン前テストの目的だ。
 正直なところ、これなら僕は今シーズン再び勝利を手にするのは確実だと思っている。

■2006年2月
 これまでのテストを見る限り、ルノーの優位は揺るがせない。
 そしてこれにホンダが続き、マクラーレン、そしてフェラーリなんだと思う。
 我々のアプローチは同じものだけれど、明らかに昨年は覚悟が不足していた。
 今年のマシンはいいように感じられる。

■2006年3月
 今年の我々の戦闘力がどの程度のものかは、数レースで判明することだろう。
 自分の決断に良い影響を与えるためには、赤い跳ね馬マシンが昨シーズンとは異なりチャンピオン争いの先頭に立たなければならない。
 そしてもちろん僕は再び世界チャンピオンになれると確信している。

2006/03/03

右京のブログ書き込み開始!

片山右京のブログに久しぶりに書き込みがあった。3月に入り2006年シーズンもいよいよ開幕だ。

スーパーアグリF1はエントリーするための暫定カーだが純白のマシンも新カラーリングが施され、期限付きだがモンターニュを第3ドライバーに起用することも決まった。オリジナル・シャシーの投入が遅れるのではないかと噂されるが1年目の今年は"参加することに意義がある"といったところだろう。

前評判としては昨年の覇者、ルノーが有望だ。そのライバルと目されるのはホンダだ。マシンの信頼性に不安があるも、マクラーレンも侮れない。フェラーリ、M.シューマッハの復活はあるのか?
ミシュランが今年限りで撤退することが決まっている。このまま有終の美を飾れるのか、ブリヂストンが勝ち逃げを許さないのか?

最近仕事が忙しくなって、ブログの書き込みもままならないが、開幕戦の翌日は休暇を入れた。開幕戦を楽しむ準備はできている!

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東京モーターショー2005&2003

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    2005年と2003年の東京モーターショーで展示されたF1マシンです。

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