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2005年12月

2005/12/26

ブルツ、積年の願いは叶わないか

マクラーレンが来季テストドライバーとしてゲイリー・パフェットの起用を決めた。
パフェットは2005年のDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)チャンピオン。1999年には「マクラーレン・オートスポーツ・ヤングドライバー・アワード」を受賞している。
チームのリリースには「ゲイリーはライコネン、モントーヤ、そしてデ・ラ・ロサと共に今後数か月でチームの2006年コンテンダー「MP4-21」の開発に当たるだろう」としており、そこにはこれまでテストドライバーを務めていたブルツの名前がなかった。

ブルツは1997年、ベルガーの病欠の代打としてベネトンからグランプリデビュー。イギリスGPでは見事3位表彰台に上がった。翌年ベネトンの正ドライバーのシートを獲得し、入賞6回(うち4位が5回)という活躍を見せた。2001年にそれまでマクラーレンの第3ドライバーを務めていたパニスがBARに移籍したのと入れ替えでマクラーレンの第3ドライバーを務めていた。

ブルツの今後の去就は明らかにされていない。

ブルツの願いは再びレギュラーシートを獲得することで、F1に留まるためにテストドライバーという道を選んでいたのだが、その積年の願いが叶わぬままF1を去ることになるのだろうか。

2005/12/22

10チームが承認

スーパーアグリF1が再申請のために必要な全10チームからの承認を得たというチームからのプレスリリースがだされた。
必要とされた供託金も準備ができ、あとは再申請→FIAの承諾→正式エントリーという運びになる。

ホンダの社長がスポンサーになってもいいというコメントを発しているようだし、フジTVなどの支援が噂されている。
正式エントリーが決まれば、ドライバーを含めチーム体制が明らかにされるだろう。

2005/12/21

やっぱり準備不足かな

新チームの誕生がいよいよ実現しそうだ。

スーパーアグリF1は旧アロウズのファクトリーをベースにし、開幕戦から数戦は4年落ちのアロウズA23シャシーにホンダV8エンジンを搭載して戦うことになる模様だ。

当然のことながらマシンの戦闘力に期待を持ってはいけない。チーム立ち上げの期間としては十分であったとも言えず、おそらくドライバーになるであろう佐藤琢磨も苦労することだろう。

それでも、日本人ドライバーがいるといないとではだいぶ違う。長い目で応援したい。
兎にも角にも、資金が尽きて即撤退という事態にだけはならずにいてほしい。

2005/12/20

アロンソ、マクラーレンへ

2005年、最年少でチャンピオンを獲得したルノーのアロンソ、ルノーとの契約はあと1年となっている。
このことから2007年にはルノーを離脱するのではないかと噂されていたが、なんとこのアロンソをマクラーレンが獲得したとチームが明らかにした。

ライコネン、モントーヤとも長くチームに留まると思われたが、2007年にはどちらかがチームを去ることになる。M.シューマッハが2007年も現役を続けるかどうかはわからないが、その後釜としてライコネンの名前が噂されている。
2006年のシートが決まったかと思えば、もう既に2007年の争いが始まっている・・・。

残るは1チーム!

10チーム全ての承諾を得ようとしているスーパーアグリF1だが、9チームから合意を得ていることが伝えられた。残る1チームはミッドランドとのこと。

高額の供託金も揃えたし、あとはミッドランドの合意を得るだけだ。今週中にも追加エントリーが認められるかもしれない。

2005/12/11

クルサード、また勝利を重ねる

以前、「レッドブル、チーム発足から1周年」でも書いたが、レッドブルはかなり本気のようだ。

マクラーレンからニューイ氏を獲得したのに飽き足らず、ルノーからチーフ・メカニックのウィートリー氏、BARホンダからはデザイナーのマーシャル氏とメカニックのピルビーム氏、そしてトヨタからもメカニックのコーベット氏がレッドブルに移籍する。

着々とチーム力を強化するこのチームで、ベテランのクルサードが再び勝利を重ねると豪語する。
ウィリアムズ、マクラーレンで通算13勝をあげているクルサード、勝利回数をあと何回追加することができるのだろうか。かつてのチームメイトであるM.ハッキネンは20勝、D.ヒルは22勝をあげている。

2005/12/10

モンテイロはまだ未確定

モンテイロはFIAのエントリーリスト発表の前からミッドランドと契約したと公言していたが、チームの正式リリースはなかった。先日FIAが発表した2006年エントリーリストでミッドランドのドライバーにモンテイロの名前があり、これで2006年のミッドランドのシートは確定したかと思われたが、チームはまだ最終決定いたわけではないとしている。

モンテイロはルーキーながら今シーズンは抜群の完走率だった。ポイントも7ポイントを獲得した。このポイントはミシュラン勢が棄権して3位表彰台にあがった6ポイントと第16戦の1ポイントだ。地道に完走を続けたモンテイロもそれでは2006年のシート獲得を容易にはさせてもらえない。

より多くの資金を引き出させるチーム側の作戦かもしれないが、せっかくF1に参戦してもそこに留まり続けるのは困難なことだ。

佐藤琢磨が来季参戦できるかは新チームが認められることにかかっている。FIAのエントリーリストから漏れたスーパーアグリF1。まだ望みが残されているようだが、ミッドランドがドライバーを最終決定したわけではないという姿勢をみせたのはひょっとしてまだ待ってくれているの?勝手な思いが頭をよぎる。

2005/12/03

新チーム、危うし!

FIAが発表した2006年のエントリーリストにスーパーアグリF1の名前がなかった。

申請書類に不備があったためとのことであるが、免除されるのではないかと見られていた供託金が免除されず、それを用意できなかったのではないか、ホンダもそこまではサポートできなかった、スポンサーを集められなかったのではないかと様々な憶測を呼んでいる。

約57億円もの供託金が必要とされるようになり、新チーム参入の大きな障壁となっているこの制度。この供託金を支払って参入したのは唯一トヨタだけだ。

鈴木亜久里氏は新たに申請をし直し、2006年に参戦するとコメントしているそうだが、状況は厳しそうだ。
新チームが認められないと、佐藤琢磨の2006年は絶望的だ。佐藤琢磨にオファーを出していたミッドランドのシートはモンテイロに決まっている。

ビルヌーブ、2006年も走る

1997年のチャンピオンであるビルヌーブは半ばF1でのキャリアに終止符が打たれるのではないかと思われていた。

12月1日にFIAから発表された暫定エントリーリストにビルヌーブの名前はなかった。しかし、チームからビルヌーブ残留が明かされ、2006年もF1に残ることになりひと安心だ。

1996年のデビュー戦で初ポール、初ファステストラップ、初表彰台を決めたビルヌーブ、初優勝は同じ年の4戦目に決めている。そして1997年にはタイトルを獲得したが、その後は低迷している。優勝は1997年の第15戦、表彰台は2001年第12戦以来遠ざかっている。

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東京モーターショー2005&2003

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    2005年と2003年の東京モーターショーで展示されたF1マシンです。

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